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夏の甲子園大会で1年生エースナンバー(背番号1)は存在する!?【近年では見たことない!】

time 2016/09/05

夏の甲子園大会で1年生エースナンバー(背番号1)は存在する!?【近年では見たことない!】

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夏の甲子園1年生エースを調べてみた

2016年の夏の甲子園大会も終わりました。
甲子園で活躍した選手を中心に構成された日本代表チームで臨んだU18野球チャンピオンシップも、日本の優勝で幕を閉じましたね。

さて、高校野球に関して、先日書店でこんな本を見つけました。

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「2016年9月号増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」

これまでに開催された甲子園大会のベンチ入りメンバーが網羅されたトリビア本です。

1915年~2016年までに甲子園高いに出場したのべ5700校のベンチ入りメンバーを掲載
甲子園球場で行われる前の大会はもちろん、過去に出場資格のあった台湾・朝鮮・満州のチーム情報もありました。

昔の大会を中心に名前や学年などが不明となっている場合もありますが、かなりの情報量が入った一冊だと思います。

さて、筆者はこの本を手に入れたことで調べてみたくなったことがあります。

過去に1年生で背番号1を付けた選手はいるのか?

筆者は10年以上甲子園大会を見ていますが、1年生が背番号1を背負ったチームを見たことがありません。

他の背番号はあるんです。
主にキャッチャーが背負う2番、ファーストの3番、ショートの6番などなど。
1番以外の1ケタ背番号を1年生が背負うチームは毎年出てきます。
おそらく2、3大会分の選手情報を集めれば、「2~9」を埋めることはできるでしょう。

しかし、1年生が1番を背負うケースだけが極端に少ないのです。

勝敗に大きくかかわる働きをする投手。
その中でも背番号1というのはエースナンバーであり、チームの中心選手です。
最重要なポジションいっても過言ではありません。

そのため、1年生がエースナンバーを背負っていない理由は、ある程度想像できます。

でも、のべ5700チームも出ていれば、どこかのチームが1年生にエースナンバーを与えていてもおかしくはないと思うのです。

そこで、「2016年9月号増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」の情報を基に、1年生で背番号1をつけた例を調べてみました
なお、不明となっているデータもあるので、確認できている情報からの抽出となります。

1年生背番号1は12校

調査の結果、背番号1の1年生選手を擁したチームは12チームありました。

12/5700。
筆者としては、予想よりも多かった印象です。

該当チームと背番号1を1年生は次の通り。

・30回大会 前橋(群馬) 田中不二夫
・31回大会 盛岡(岩手) 田頭正三
・32回大会 新宮(和歌山) 杉本和喜代
・41回大会 八尾(大阪) 久野剛司
・42回大会 浪商(大阪) 尾崎行雄
・50回大会 静岡商(静岡) 新浦寿夫
・54回大会 中京(愛知) 小山哲幸
・54回大会 鹿児島商(鹿児島) 堂園喜義
・57回大会 土佐(高知) 片田統途
・59回大会 東邦(愛知) 坂本佳一
・60回大会 横浜(神奈川) 愛甲猛
・60回大会 金沢(石川) 金子茂

新宮の杉本和喜代選手は昭和31年度明治大学野球部主将を務めました。

八尾の久野剛司選手は同志社大学を経て1965年に阪神タイガースに入団。

浪商の尾崎行雄選手は、2年時の甲子園後に学校を中退し東映フライヤーズへの入団。
速球派投手としてプロ通算107勝をあげました。

静岡商の新浦寿夫選手は、同校の定時制1年次を修了後に全日制の1年次に編入し1年生エースとして甲子園準優勝。
その後、高校を中退して読売ジャイアンツにドラフト外入団(韓国籍だったため)。

鹿児島商の堂園喜義選手は広島東洋カープからドラフト1位指名されました。

東邦の坂本佳一選手は「バンビ」の愛称で知られた投手。
1年夏に甲子園で準優勝しますが、2年生以降は甲子園への出場はできませんでした。

横浜の愛甲猛選手はロッテオリオンズのドラフト1位。
4年目からは野手に転向に、通算で1142安打を記録しました。

あの人は1番ではなかった

さて、1年生でエースナンバーを背負った投手をザッとみてきましたが、「あれ?」と思った方がいるのではないでしょうか?

1年時に学制改革以降最年少の優勝投手となり、甲子園通算で20勝を挙げたPL学園の桑田真澄選手がいませんね。

桑田選手の1年生夏の甲子園大会の背番号は「11」
エースナンバーは3年生が付けていました。
桑田選手が甲子園で背番号1を付けたのは2年の選抜からで、その後は4期連続してエースナンバーを背負いました。

1年生ながらエース格として甲子園準優勝を経験した早稲田実業の1年生・荒木大輔選手
このときの荒木選手の背番号は「11」。
5期連続で甲子園出場を果たしますが、甲子園で背番号1を付けたのは2年春・3年春夏の3度でした。

2016年現在、メジャーリーグで活躍する前田健太選手
彼もPL学園の1年生時に甲子園の土を踏んで、マウンドに立っています。
主力級の投手として1年生ながら初戦に先発登板していますが、このときの背番号は「11」でした。

平成初の1年生背番号1を背負うのは?

12の例があった1年生背番号1ですが、近年ではそのケースは見られません

確認できた最後のケースは昭和53年(1978年)の60回大会
今(2016年)から38年も前の大会です。

平成以降、1年生が背番号1を背負ったチームはまだ現れていません。

甲子園に出てくるチームであれば上級生のレベルが高いでしょうから、よほど突出した実力が無ければ1年生がエースナンバーを背負うことはないでしょう。
また、実力が突出した1年生がいたとしても、チームの精神的な支柱として3年生に背番号1を与える事も十分にあり得ます。

チーム事情も大きく影響するため、1年生が夏の甲子園で背番号1を付けることはかなり難しいことでしょう。

天皇の「生前退位」という話題が持ち上がっており、近い将来に元号が変わる可能性も出てきています。

元号が平成のうちに背番号1を背負う1年生は現れるのでしょうか?
また、現れるとしたらどんな選手が付けることになるのでしょうか?

来年以降、甲子園に登場する1年生の背番号にも注目ですね!

※本記事のデータはOutPut調べです。正確なデータをの掲載を心がけておりますが、その正確性についての保証はしかねます。

「2016年9月号増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」の情報を基に以下の記事も書いています。あわせてどうぞ!
夏の甲子園大会史上最も1年生の多いチームは!?【過去の大会を徹底調査】

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